大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)991号 判決

控訴人

木下静子

右訴訟代理人

原田正雄

被控訴人

江沢好子

右訴訟代理人

小松誠

坂本正寿

主文

一  本件控訴を棄却する。

一  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所も原判決と同様、本訴請求は遺産分割の調停調書(京都家庭裁判所昭和四〇年(家イ)第六七七号)の既判力に触れ、請求を棄却すべきものと判断するのであつて、その理由は、次のとおり訂正、附加するほか原判決理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。

原判決理由説示中、第一項全部、原判決七枚目〈中略〉裏〈中略〉二行目と三行目の間に「(一)、被相続人木下八治郎の遺産をその相続人である申立人及び相手方との間で次のとおり分割する。本件土地を含む別紙(1)記載の不動産全部を双方の共有(持分各二分の一)とする。(二)、当事者双方は右不動産の共有持分について、直ちにその所有権移転登記手続をする。」〈本件家事調停の調停条項――編注〉を加入し、〈以下、中略〉。

二本件遺産分割の調停は、控訴人が担当調停委員から、登記簿上被相続人名義となつている不動産は、その実質的所有権者のいかんにかかわらず遺産分割の対象になるといわれたことによつて成立したものであるという控訴人主張の事実は、当審証人家森正子の証言によつてもこれを認めることができないし、本件全証拠によるもこれも認めるに足りない。

三家事調停において、前認定のとおり遺産の範囲とその分割につき当事者間に合意が成立し、これを調書に記載したときは家事調停が成立し、遺産の範囲を定める記載部分は、訴訟事項に関する調停として確定判決と同一の効力を有し、遺産の分割を定める記載部分は、乙類審判事項に関する調停として確定した審判と同一の効力を有する(家事審判法二一条一項、九条一項乙類一〇号)。

そして、右確定判決と同一の効力を有する部分は訴訟上の和解と同じく、それが要素の錯誤その他の理由により効力を失わない限り既判力を有するが、確定審判と同一の効力を有する部分は非訟事件の裁判として既判力を有しないものと解すべきである。

前示原判決の引用により認定したとおり、本件家事調停には、控訴人が主張するような要素の錯誤が存したことが認められず、右調停は有効に成立したというべきであるから、そのうち、本件土地を含む一七筆の不動産全部を被相続人木下八治郎の遺産とする条項は既判力を有するか、その分割方法としてこれを控訴人と被控訴人双方の共有とし、持分を各二分の一とする条項は既判力を生ずるものではないのである。

四控訴人は本訴において、本件土地は、控訴人が昭和三六年一〇月六日国から買受けその所有権を取得したもので、被相続人木下八治郎の遺産ではないことを請求原因としているが、かかる主張は前示本件家事調停の既判力に牴触し、許されない。

ところで、被控訴人は本案前の抗弁として、控訴人の本訴請求が既判力に触れるので訴を却下すべきであると主張するところ、民事裁判における既判力の対象は、紛争の原因たる私法上の権利または法律関係の存否であつて、その存否が弁論終結時ないし和解、調停の成立時点において一たん確定されても、あらたに同一の権利または法律関係が発生、変更、消滅する可能性が存在するから、民事訴訟における既判力の作用は一事不再理の原則と異なり、同一事項につき裁判所はさきになされた判断と異なる判断をすることができないという効力を持つに過ぎないのである。

したがつて、請求認容の確定判決があるのに勝訴者が再び同一の判決を求める訴訟を提起した場合には原則として訴の利益を欠くため、訴却下の判決がなされるべきであるけれども、請求棄却の確定判決があるのに敗訴者が同一訴訟物につき前訴判決と矛盾する訴を提起した場合には、再び請求棄却の判決がなされるにすぎない(大判昭八・五・二三民集一二巻一二五四頁、最判昭二四・五・一八刑集三巻六号七九九頁、最判昭二九・四・二〇裁判集民事一三号五八五頁参照)。

本件家事調停の既判力ある条項は、控訴人が本訴において自己が所有権を有する本件土地を被相続人木下八治郎の遺産であるとするもので、この点では前示請求棄却の確定判決があるのにこれと矛盾する判決を求めた場合に準じて考えられるから、被控訴人の本案前の抗弁は失当である。しかし、調停成立時以後あらたに控訴人が本件土地につき単独の所有権を取得したとの事実についてはその主張も立証もないばかりか、却つて、相続財産はもともと共同相続人の共有に属するとされており(民法八九八条)、本件においては前示のとおり、家事調停において遺産分割の方法として控訴人と被控訴人の共有(持分各二分の一)と定めているのであつて、この部分は前示のとおり既判力を有しないとはいうものの、少なくとも和解契約の合意としての効力を有するものであつて、これに反する主張は民法六九六条により失当であるから、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきものである。〈以下、省略〉

(下出義明 村上博巳 吉川義春)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例